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若冲展 釈迦三尊像と動植綵絵120年ぶりの再会
若沖

若冲の最高傑作「動植綵絵」について


若沖の特別展示が京都相国寺の承天寺美術館で行われています。
現時点での、今年の希有な展覧会と言えるかと思います。
まず、動植採絵と仏絵の同時展示です!ひとつの空間の中に30点もの動植綵絵はー・・・圧巻でした。


若沖(ズーム)


見ている人はそれなりの数いたのですが、会場に入り若沖の動植綵絵を目にし・・・なんともいいようのない幸福感に包まれました。ちょっとした感動でしたし涙ぐみそうになりました。
動植綵絵はとても、素敵でした。3、4時間観ただけではとても物足りません。毎日ここへ通いたいほどです。

写生し、自分の内なるものへと消化し、表現することの喜びがそこにはありました。大典禅師の画材の援助があったと聞きます。

作品からは思わず唸ってしまうような色彩の鮮やかさ、若沖という画家のみずみずしいまでの感性、マティスのようなリズミカルなフォルムのリストラクチャー。
それら諸要素が渾然となって見る人を幸せな気持ちにします。

しかし、若沖の作品には、単に高品質な作品というだけではいい表せない謎めいたものがあります。

例えば老松白鳳図(ろうしょうはくほうず)のような幻想的な、ふわふわ浮遊しハートを観ていると、別の快楽的な世界に連れて行かれるような気分になります。
辻 惟雄氏が奇想の系譜で指摘していましたように、いくつかの画面には「丸」があります。鑑賞者を見つめ返しているような「丸」の多様−−、私はそこから暗示的なカメラアイを感じました。


以前も、ゆっくりこの若沖の絵の謎を考えてはみたのですけれども、これは未だに解けない謎の一つです。たしかなことは、「穴」の存在が鑑賞者と作品との距離を縮める効果を果たしていることです。なんとなく、絵の向こう側から誰かに見返されているような感覚があります。

若沖の感性は、ほんとうに死ぬまでみずみずしかったのだろうなと思います。

老松鸚鵡図という作品があります。ここから汲み取れるのは、二匹の鸚鵡を両親のイメージに重ね、後方の枝にとまっている補色のインコはどこかしら厭世的な雰囲気です。あたかもで若沖自身のメタファーのようです。そんなことを感じす。モチーフをシンボルとして自己内面を表現してしまうのも、当時の時代背景を考えてみても、奇抜で斬新な、興味深い若沖の特長です。

雪中鴛鴦図(せっちゅうえんおうず)を観ていると、ジャクソン・ポロックもびっくりのドリッピングも大胆でいて、鳥の描写は繊細です。ウォーリーをさがせ、に近い楽しみかたもできるのが、若沖の遊び心だとなと思い
ます。どこか、ブリューゲル(Pieter Brueghel the Elder)の「雪中の狩人(The Hunters in the Snow)」のような世界観に通じるものがあります。




釈迦三尊像が会場の真ん前に据えられています。

祈り。若沖のぎこちなく、畏まった筆跡からそういったものを感じられました。
線の一本、一本を祈りながら、描いたような気がします。実際にそうでしょう。



初期の作品もよかったです。動植綵絵とは違い、鮮烈な色彩はまだ見受けられませんが若沖らしさはこのころから、絵の中に溢れています。
左右梅図の機知に富んだ画面構成は見事ですし、立鶴図の大胆簡潔な鶴の描写にはシビれます。
葡萄をモチーフとした鹿苑寺大書院障壁の水墨画も春先に庭が目の前に広がっているかのような爽快感がありました。

若沖の作品をみていていつも不思議なのは、こんなにも斬新で、新鮮な瑞々しい気持ちになることです。江戸時代の日本画のなかにあって、やはり若沖の描いた世界は異質です。とても現代につくられた作品ではないかというような新鮮さに溢れています。

初期作のなかで一番好きな作品は伏見人形図です。
奇才の手慰みといいますか、なんだか奈良美智さんの作品を横において一緒に鑑賞したいなと感じました。

若沖展会場

図版でも確認したことですが最近の宮内庁の修復過程の調査で若沖の作品には裏彩色が施されているということがわかったそうです。それを聞いて(鑑賞していたときは、どういう制作方法をとっているんだろうと謎でした)、あの鳳凰のレースのように艶かしい質感、油絵と見紛うような奥行きある空間感を表現したんだな、と合点しました。

色彩もあまりにも鮮やかですし、ありえない構図をとってますし、動植物のデフォルメが生き生きしてますし。図版より、本物の絵の方が何倍ものインパクトがあります。

とくに、動植綵絵です。

知らない人、観てない人は、観てほしいです。
シビれます。

システィーナ礼拝堂の「アダムの創造」、ルーブルの「モナリザ」、マウリッツハイスの「真珠の耳飾の少女」、マドリッドの「ゲルニカ」、ニューヨークの「五尋の深み」・・・・・・そして、今京都には「動植綵絵」があります 。

可能であれば、日本中をツアーを組んで展示できればいいのに、と思わなくもないですが多分遠い夢でしょうね。今回は宮内庁からの一時的な「里帰り」だそうですからね。

展示は6月3日、日曜日迄だそうです。とても短い期間で展示は終了です。
北海道から、沖縄あるいは海外在住の人も含めて、この伊藤若冲 動植綵絵を見るだけのために、京都入りする価値は、あります。わたしが絵を見ていた時には、至るところで絵の真ん前ですがりつくような格好で見とれている鑑賞者を見かけました。「この場所はだれにも譲らないぞ!」というような、頑な、独占して絵を観てやろうという方もいたようです。

それだけの魔力的な魅力が若沖の作品にはあります。鑑賞してた私も途中からそんな「頑な」鑑賞者だったと思います。GOMENNASAI。


承天寺美術館
| 京都の展覧会 | 19:46 | comments(0) | - |
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